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金沢地方裁判所 昭和56年(わ)260号 判決 1982年1月13日

被告人 西村こと朴広

一九四二・九・一〇生 無職

主文

被告人を懲役五月に処する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、昭和四五年六月一七日、殺人、死体遺棄の罪により金沢地方裁判所で懲役一三年の刑に処せられて岐阜刑務所において服役し、同五六年三月一九日、同刑務所を仮出獄したものの、右仮出獄期間中に更に窃盗、強盗致傷、強盗強姦の罪を犯して勾留されていたものであり、同年六月三日、右強盗致傷、強盗強姦罪により前同裁判所に起訴され、前記仮出獄を取消され、残刑について受刑中のものでもあり、既決、未決の囚人として金沢刑務所に収容されていたものであるが、右残刑期間が約二年もあるうえに右仮出獄期間中に犯した各罪により相当長期の懲役刑を言渡されることが予想され、しかも右各罪についての実刑判決により日本国からの退去を強制されるなどの危惧感を抱いて逃走を企図するようになり、その機会を窺つていたところ、同年九月一六日、前記被告事件の公判に出頭のため金沢市丸の内七番二号所在の同裁判所一階に設えてあるいわゆる仮監一号室に引致留置された際、同日午後一時四五分ころ、同室の窓に設備されている鉄格子によじ登り、頭部で石膏ボード製天井板を突き破つたうえ、更にその部分を手ではぎ取つて拡大し、天井に人間一人が通り抜けられる程度の穴をあけて拘禁場を損壊したうえ、そこから天井裏へ抜け出して屋外に逃走しようとしたが、右破壊箇所に自己の頭部から肩口付近までを差し入れたところで巡回中の看守に発見されてその目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人は、昭和五六年九月一六日金沢地方裁判所で強盗致傷、強盗強姦、窃盗の各罪により懲役八年に処せられれ、右裁判は同年一〇月一日に確定したものであつて、この事実は(証拠略)によつて認める。

(法令の適用)

被告人の判示所為は刑法一〇二条、九八条に該当するが、右は前記確定裁判のあつた強盗致傷、強盗強姦、窃盗の各罪と同法四五条後段の併合罪の関係にあるから、同法五〇条によりまだ裁判を経ていない判示の罪について更に処断することとし、その所定刑期の範囲内で被告人を懲役五月に処し、訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととする。

なお、検察官は、判示所為について加重逃走未遂罪の外に建造物損壊物の成立を主張するが、本件事案の如く、既決、未決の囚人が拘禁場である建造物の天井の一部を損壊して逃走を企てた場合については、右建造物損壊の点は加重逃走罪の構成要件的評価の対象に包含されているものと考えるのが相当であるから、本件においては加重逃走未遂罪が成立するにとどまり、別個に建造物損壊罪は成立しないものと解する。

(量刑の理由)

本件は判示のとおり、公判に出頭するため裁判所のいわゆる仮監に引致留置された際に逃走を敢行しようとした事案であるが、かねてからその方法及び逃走経路等について想定を巡らしたうえでの計画的犯行であり、しかも未遂に終わつたとはいえ、この種事犯は司法権の正当な行使を著しく阻害するものということができ、また社会に与えた不安も大きいと推察されるなど、それらの諸点を考慮すると被告人の刑責は、決して軽くないものといわなければならない。

しかしながら、他方、被告人は国籍が大韓民国であつても日本国内でのみ生活をしてきたものであつて、自ら招いたとはいえ、退去強制により、見知らぬ他国において身寄りのない孤独な生活を送らなければならなくなるなど一般の退去強制者にも増して厳しい状況に置かれることは推測に難くないこと、本件犯行の手段は単純で成功の可能性の少ないものであつたこと、被告人は本件犯行後その愚かさに気付き、関係者に迷惑をかけたことを反省し、今後まじめな受刑生活を送る旨誓つていること、本件は前記確定判決を経た罪とは余罪の関係にあることなど被告人に有利な事情もあるので、以上の諸点を総合して考慮したうえ、主文のとおりの量刑をした次第である。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 松田光正 山口久夫 林正彦)

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